お金がすべてだった

バブルが崩壊して、しばらく経つまで。

平成10年くらいまでだろうか。

お金がある、ないが優劣の基準だった。

信じられないけど、ほぼゞ、すべての物事で。

バブル時の話は、お伽話みたいでしたくないんだけど、お金の物差ししかなかった時代だった。

お金以外の価値観について語ったところで「貧乏人がひがんでいる」くらいに思われるのがオチだったの。

例えば、乗ってる車で道路上での振る舞いが違うんだ。

ベンツに乗っていれば、無理な割り込みもし放題。

前後の車なんか車間距離を必要以上にあけたりして、周りの車が気を遣うの。

軽自動車に乗ってれば、幅寄せされるは、クラクションは鳴らされるはで、みじめな思いをする機会が多かった。

今では考えられないよね。

軽自動車だから、ベンツに道をゆずるなんてないもの、笑。

「車ヒエラルキー」とか「車カースト制度」なんて言ってね、お金階級社会だもの。

そして、みんなが自信に満ちていた。

当時学生だったお父さんが知り合った女性が、後ろに倒れそうなくらいのけぞりながら「私の父親は◯◯銀行の支店長だから」って、自慢話をし始めたことがあった。

◯◯銀行って聞いたことのない東海地方の地方銀行だから。

別に自慢するようなことでもないし、自慢できることでもない。

でも、当時は、みんなが自慢合戦をして、こんな話ばっかりで、今思えば笑っちゃうことでも、感心していたんだ。

きっと、お金の力に惑わされて、酔わされて、簡単にすごい人と思ってしまっていたんだよね。

昭和の終わりには、「お金は、とても大切なもので、すべてだから」

だったんだから。

今では「お金は、大切なものだけど、すべてではない」

だよね。

でもね、実は世の中は複雑化して、賢いお金持ちは、お金の力を隠すようになったんだ。

バブルの時は、単純なの。

持っている以上に大きく見せて力を誇示してたんだけど、今は隠しながらお金の力を使うの。

しかも、バブルの時よりお金の価値があがっているから、お金持ちたちは、より力を得た。

いつも言うけど、肯定的にお金の力を使いたい。

同時に、お金をどう使うかセンスが問われる。

いつの時代でも、お金を上手く使えば、生きやすい。

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