「あなたは、責任がとれるのか」
そこらじゅうで聞かない?
「責任をとれるのか」って言う人に聞きたいけど、「責任」とは何?
「責任」の範囲ってどこまで?
「責任をとれるのか」って一見大人ぶった言葉だけど、これほど無責任で子供っぽい言葉はないと思う。
ただ人を詰めたい時に、安易に使っているだけだよね。
「ボクはいいと思うけど、◯◯はどうかな、それでキミは責任がとれるの」
なんて、物わかりがいいと思わせる卑怯者的な発言聞いたことないかな。
まず、「ボクはいいと思うけど、◯◯はどうかな」って傍観者を装って、誰かに代弁させるようなこと、恥ずかしくもなく、よく言えるよね。
それで、「キミは責任がとれるの」って続いたら、「あんたどんだけ逃げて綺麗事だけ言って生きてきたのよ」って思う。
お父さんは「責任」って「覚悟」のことだと思う。
何をどこまで覚悟するのかって、自分で決めることだよね。
そして、それぞれの立場で覚悟の質も範囲も違ってくる。
他人から見たら、そんなもんでそこまでしか覚悟してないのかって思われても、どうしようもないよね。

例えば、子供が生まれた時、親として子供の成長に合わせたしつけや教育を受けれる機会を与える。
これが、太郎が生まれた時にお父さんが覚悟したこと。
これが、父親としての責任だと思った。
この覚悟だって、人それぞれだし、もちろん正解などないし。
覚悟って言うと、なんか筆でしたためて、血判するような感じにもなるけど、時には、そんな強い気持ちで自分に課すことも必要だと思う。
覚悟は自分を成長させるから。
自分の覚悟がないヤツにかぎって「責任をとれるのか」って言う。
「責任」の重みをわかっていない。
わかっていないから、安易に使うんだよね。
だから、もし「責任をとれるのか」って詰められたら、無視すべきだね。
何も答えずに、胸の中で「子供が吠えている」と思っていればいい。
わかるよね。
「責任をとれるのか」なんて言う人とは、大人の付き合いができない。
残念なことに、いちばん「責任をとれるのか」と吠えるのは、政治家だ。
覚悟のない人が多いのかな、笑。