結局のところ、使うようになっている

お父さんのお客さんで、現在、80歳を過ぎ、自営業を10年以上前にリタイアした人がいる。

今でも不動産収入とかで年収1億円以上ある裕福な人。

いわゆる富裕層に分類される人なんだけど、暮らしぶりは、とても質素なんだ。

自宅は一般的な大きさの戸建住宅で、奥様と2人で住んで、車は所有していない。

趣味は散歩と猫ちゃんの世話。

食事は、糖尿病の持病があるので自宅で野菜を中心としたものだけ。外食はしない。

お酒は飲まない。タバコも吸わない。

お金があるのに、お金に関心がなく、欲に絡まれることなく極めてシンプルに暮らしているように見える、尊敬できる人なの。

人の懐の計算をしてもしょうがないけど、このお客さんは現金をとてつもなく貯めていると思っていた。

だって、メインバンクの代々の支店長の頭の下げ方と言ったらすごいよ。

本当に床に頭が着くくらい下げて挨拶するんだから。

何度も目撃してるんだから!

お父さんには、首をちょこっと傾けるくらいなのに、笑。

それで、先日奥様と話す機会があった。

その時に奥様が「うちの人、だいぶ記憶も曖昧になってきたから、お金の管理を私がすることにして、預金を調べたのよ」

「そうしたら…」

「貯金がほとんどないよの」

「以前からとてもリスクの高い金融商品にお金を注ぎ込んでしまっていた」

メインバンクの紹介で系列の証券会社を通して金融商品に手を出していたらしい。

しかも、冷静に考えたら、勝ち目のない金融商品ばかりだったらしい。

支店長は預金高ではなく損失に次ぐ損失のために、頭を下げていたようだ。

この件で、お父さんが思ったのは「誰しも、何かしらにお金を使う」ということ。

趣味のための浪費、贅沢な遊び、身の丈に合わない衣食住。

一般人がちょっとお金を持つと、ほぼ浪費に走る。

港区付近に住む年収1000万円~3000万円くらいの会社員の世帯は貯金はないから。

「あの人、稼いでいて、お金持っているだろうな」

なんて思っていても、実際には、貯金がなくて綱渡りな日々で暮らしている人だらけ。

有名企業に勤めて、タワマンに暮らして、外車に乗って、子供を私立の学校に通わせて…。

家計は、ギリギリだよ。

暮らしが贅沢になって、貯めるより使う方が忙しい。

お父さんのお客さんは、贅沢や浪費には無縁だし、港区あたりのセレブ気分な人たちとはモノが違うと思っていたのに、お金を使っていた。

ごく一部の貯金が趣味な人たちを除いて、お金は使うようになっていると痛感したんだ。

結局のところ、何かしらにお金は使うようになっている。

でも、当然だよね。

そもそものお金の役割の一つは、交換でモノ、コト、サービス、労働などに対価として渡すものだもの。

稼ぎと貯金は別もので、ちょっと稼いでいる人たちほど、貯金とは無縁になっていくと思う。

一回贅沢を味わうと、やめられないものなんだよね。

今回は人それぞれ、結局何かしらにお金を使うって話なんだけど、結末的なまとめはないわけ。

お客さんのように稼いで質素な暮らしをしている人でも、お金を使ってしまうのだから、人間の習性やお金の特性、そして社会の仕組みが、浪費するようにできているのだろう。

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