ストリート出身

エリートの反対側がストリート

ストリート出身は強いよ。特に有事においては。

おそらく、日本は世界一安全な国だと思うけど、家にいるより、街に出ている方がトラブルに遭遇する可能性が高い。

街でも歌舞伎町と銀座では、危険度は違うよね。

また、同じ街でも、昼と夜。時間によっても危険度は違うよね。

よく知らない外国の街は、早朝に散策することにしている。

悪い奴らが夜型なのは世界共通だから。早朝が一番安全に歩けるの。

ストリートって、安全に暮らせず、誰かに守られていない環境で、危険や偶然がインフレ状態なイメージかな。

場所でなく、時代でも考えられる。

日本でも太平洋戦争以前は、ほぼストリートな環境だよね。

自分の身は自分で守るしかない時代だもの。

令和の時代に暮らす我々には、厳しすぎて生きていけないだろうね。

例えば、明治維新の中心的な人々は、「知性のあるストリート出身者」だったと思う。

薩摩・長州藩のストリート育ちの若者たちが、現在の日本の礎を築いた。

ストリート出身者は、経験が豊富。

多くの経験があるから、対応能力があがる。

そして、耐性がある。

また、ストリートにおける知性とは、地頭の良さのこと。

だから「知性のあるストリート出身者」は地頭が良くて、生命力があって、喧嘩が強い人。

喧嘩とは腕っぷしの強さではなく、闘争心や退かない気持ち。

逆境に負けない強い気持ちということ。

ところが「知性のあるストリート出身者」は、偶然がいくつも重ならないと出現しないよね。

そもそも、現在の日本でストリートで育つのは、自らの意志ではないし、今のストリートには、知性を生かす機会が少ない。

社会全体の仕組みが確立されている時代は、ストリート出身者に厳しい。

太郎はストリートの環境で育っていないし、いまさら「知性のあるストリート出身者」最強説みたいなことを言ったってどうにかなるものでもないけど、ストリート出身者の強さを意識したり、憧れることがあってもいいと思うんだ。

そして、擬似ストリートのような環境を想定してもいいと思う。

以前、六本木のイタリアンレストランで食事をしていた時、隣で小太りの男性がワインのウンチクや東大時代の自慢話を同席の女性にしていたの。

会話は、全部自慢話。女性もよく聞いていると思ったよ。

それで、その男は官僚で「人生はギャンブルだって」吠えていた。

七並べをギャンブルだと思っているレベルの男だったね。

「知性のあるストリート出身者」の先輩方は天国から聞いていたかな。

心底、日本の未来が不安になった。

カテゴリー: 仕事 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。